エッセイ みどりの丘 〜くらしに「ありがとう」〜

施設長 大塚美智子が綴ります

思い出の歌集

vol.01

手のひらに入る小さな歌集を
虫めがねを使って
一生懸命眺めていらっしゃる
「何ですか?」と尋ねると
「娘が小学校の時に使っていたのよ」
背表紙に品川教育委員会60円の文字が

「持って行く?」
気軽におっしゃいますが、とんでもありません
大切な宝物です
娘のお古を大切に使う92歳のお母様

親から子へ  子から親へ

幸せを運ぶ鳥

vol.02


ある日突然、「鳥が巣を作っています」
1Fの中庭に植えてある木のことだ
施設のシンボルツリー
主は「ひよどり」だった
すでに3羽の雛は孵化し、親鳥はせっせと餌を運んでいる

四方を建物がぐるりと囲む構造
こんな安全な場所はない
よく見つけたものだ

それからというものは みんなが見守る
そっと そっと気が付かれませんように

「鳥の姿が見えません」
出会いとおなじように別れも突然だった
幸せを運んでくれた「ひよどり」は無事巣立った。

花を届ける人

vol.03

季節の花を届けて下さる方がいる
家に飾るためではなく
入居者様のみなさんのために
   
ひな人形を出した頃に届くのは桃の花
年の暮れの南天の赤い実は、魔除けの効果があるとか
スイトピーを見ながら子供たちの門出を知り
百合の甘い香りに魅了される
カスミソウの可憐な姿にオードリヘップバーンを想う

源氏物語の時代から始まった花贈りの習慣は
時代を経て今もつづく

いつかカンパニュラの花を贈り
感謝の気持ちを伝えたい

足るを知る

vol.04

ドンドン パンパン ドンパンパ
ドンドン パンパン ドンパンパ
唄コで夜明けた 我が国の  ♪ ♪

居室からふるさと秋田の民謡が聞こえる
お別れのその場に およそ似合わない歌が
唄うのは娘様と同郷のスタッフ

ドド パパ ドド パパ ドンパンパ ♪
頬に伝わる涙は その歌声が聞こえている証

看取りに入ると面会や食べ物の差しれの制限はなくなる
ご自宅にいらしているように過ごして頂きたい
お好きなものをお好きなように・・・
しかし 特別なことは望まなかった
何一つ望まなかった
足るを知る
そんな生き方に心を寄せるスタッフが多かった

ふるさとの民謡から2日後、静かに逝かれた
施設を出る時の洋服
家族が選んだのは一番のお気に入りだった赤い半纏
北国では欠かせない装いだ
暖かくして、旅立たれた


オカリナと歌

vol.05

「ねえ聞いて私、いいことがあったの」
面会の度に次男様はお母様のためにオカリナを吹く
コロナで面会が制限されると
長男様と長女様も一緒に
オカリナの演奏に歌が加わるようになった

唱歌とオカリナの競演は
どこか懐かしく、とても優しい

一体誰なの?
面会は入居者様の戸惑いから始まる
思ってもいなかった訪問と
目的を持って来るご家族様との間には
微妙に温度差が生じる
やがて時の経過が
かけがえのない人との再会に変わる
笑顔がこぼれるようになった頃にはお別れの時間になる

どこか懐かしく、とても優しい唱歌は
母のために唄う歌なのか・・・
母が子のために唄った歌なのか・・・

SDGs

vol.06

12年前のオープン当時から環境は意識していた
隣がヨネッティーということもあった
ゴミはなるべく出さないように
使ってない所の電気はこまめに消す
エアコンの設定温度を夏は1度上げる
必要のない紙はなるべく使わない・・・などなど
いつしか、それはケチと言われるようになった

時代は味方した
世界的なSDGs活動
みどりの丘も手を挙げ、川崎市から正式に認定された

取り組みは同じでも
大義名分がつくとやる気スイッチが押される
あれをやりたい、これをやりたい
次々と意見がでるようになった

ケチではない
2030年の地球のための活動はつづく

つましく100年

vol.07

娘様の病気を気遣い、自ら入居を希望された
「入居できるように平清盛様に手を合わせお願いしました」
これが最初の挨拶だった
お母様の居場所を心配する必要がなくなり
ほどなく娘様は旅立たれた

娘様の死も自然に受入れ 
つましくみどりの丘で暮らしながら100歳を迎えられた

お祝いの品をお聞きしても
「何もいらない、そんな贅沢は望んでいない」
と繰り返しおっしゃる
ご家族様からのプレゼントのセーター、お花も
「もったいない お金を使わなくていいのに」
と遠慮がちに受け取る

「お祝いの日のおやつを選んでくれますか?」とお願いしても
「もったいない、いつもと同じでいいから」
やっと選んで頂いたのは
定番のおやつ「ミニ鯛焼き」だった
「めで鯛・・・でしょ」小さな声で囁いた
	
「子供の頃は実家が農家で忙しく
嫁いでからは商売が忙しく
誕生日を祝ってもらったことなどなかったから
母はすごく喜んでいました」
と後日ご家族様から伺った

100歳のお祝いはめでたい
みんなでたい焼きを食べれば
めで鯛、めでたい、めでたい

「気をつけてね」

vol.08

コロナ禍での面会もオンラインやタブレットから
やっと対面ができるようになった
マスクやアクリル板は仕方ないが
姿が見えるので入居者様もご家族様も
満足されている

声が届くようにマイクを使い始めてから
会話が弾むようになった

「気をつけてね」
相手を気遣う言葉を言うのは入居者様
子の帰りを気遣う親の姿があった

この物語の常連の先生はこの秋 105歳を迎える

日本橋たいめいけん

vol.09

「みんなの日曜日」の取り組みがある
家でも日曜日は家族揃っての外食をすることも
施設に入所してしまうと外食ができなくなる
そんなことがないようにと
 	
今までも「吉野家の牛丼」「モスバーガー」「ⅭoⅭo一番館のカレー」
さて、今日は少しおめかしをして日本橋まで足をのばして
名店「たいめいけん」に行きましょう
注文は、赤ワインの酸味が効いたハヤシライス
みんなで食べましょう


電気代未納

vol.10

夏の終わりに花火が行われた
コロナ前に比べると、ずっと少人数で
プログラムも短く
会場の駐車場には灯りはない
お座りになった女性陣
3人集まれば、そこはたちまちおしゃべりの場に
「ねえ ここ真っ暗よ」
「本当、電気代を払ってないのかしら」
「私は年金から払っているから大丈夫」
「お気の毒ね・・・」

ほどなく始まった花火に歓声をあげ、楽しんでいらっしゃる
電気代の心配は・・・すっかりお忘れのようで


鳩居堂の便せん

ご家族様からお手紙を頂くことがある
思い出やお礼の言葉が並ぶ
使われているのは鳩居堂の便せん

鳩居堂は1663年創業の銀座に本店を構える老舗
会社の上司や先生、お世話になった人への手紙に使われることが多い
つまり姿勢を正して書くときに使われる

ほのかなお香の匂いに
ご家族様の気持ちが伝わる

私たちを見て下さる方がいる
私たちにお礼を言って下さる方がいる
鳩居堂の手紙を読みながら姿勢を正す

ー正しく、誠実で、心ある行いー  施設長:大塚からみなさまへ

開設より12年の月日が流れた
ホテルのように綺麗と言われた施設
そろそろ中身で勝負したい
褒めて頂くこともある
お叱りを頂くこともある
それは今日のことではない
	
褒めて頂く時は 過去の良い行い
お叱りを頂く時は 過去の間違い

だから、目の前のことを疎かにしてはならない
一人の行いを軽んじてはならない
たとえ小さな約束でも守らなくてはならない

今日のできごとが、一人の行いが、小さな約束が
未来の答えとなって帰ってくる

正しく、誠実で、心ある行いが
みどりの丘の明日を拓く

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